仏教は心の「病院」

2015.04.09 Thursday

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    約3ヶ月ぶりのアップです。

    これといって特筆する出来事もなく・・・・
    録画しているドラマや映画を消化しつづけ、家事と仕事をしているとドンドン日々が過ぎていってしまいますね。
    確実に年だけはとっておりますがあせ

    100分DE名著という番組が好きでいつも拝見しています。今月は「ブッダ 最期のことば」がテーマです。
    ブッダの本は結構読んでいるので、とても楽しみにしておりました。

    今週の放送でとても興味深いことを教えてもらったのです。

    番組の中でゲスト講師の佐々木教授が「仏教は心の病院だと思っているんです」と言ったのです。今、健康で幸せで一杯の人に仏教を説いても教えは入ってこない。健康な人がわざわざ病院に行く必要がないのと同じなのです。どこか調子が悪くなったときに病院に行くのと同じで、苦しいと思ったときに仏教の教えを思い出せばいいんだと。

    仏教は生きるのが苦しくなった人を受け入れる宗教なのだと・・・。

    なるほど〜。と思いました。だから、以前、自分が夢に向かって頑張っていて幸せなときにどんなに仏教の本を読んだとしても「すべて苦しみなのだといわれてもピンとこないなぁ、だって今苦しくないし、幸せなんだから」と思っていたことを思い出しました。仏教の教えはわかることはわかるのです、でも実感として沸いてこないし、今幸せなのに不幸だと思えといわれるとなんだかブルーになってしまいますから、どこかで拒絶する自分がいたのです。

    伊集院光もいつもいい切り口で感想を述べてくれるので、感性の鋭い人だなぁと毎回コメントを楽しみにしているのですが、今回もとてもいいことを言ってくれました。佐々木教授が「仏教は心の病院」だといった言葉に対して「病院の場所だけは知っていなきゃいけないですよね。苦しくなったときにそういえばブッダの教えでなんか言ってたな〜、って思い出せばいいのかな?」と。

    確かに、私も大抵は幸せだと思って過ごしていますが、苦しくなること、辛くなること、もちろんあります。そんなとき、ブッダの教えだったり、ヨガの教えだったり、哲学だったり、何かそういう苦しみを乗り越えるための方法を記してあるものを引っ張りだして、もう一度読んで「ああ、そうだった」とリセットすることが出来るのは、そういう教えがあるということを知っているから

    病院の場所を知っているし、名医が誰なのかも知っているから・・・!

    すごーーーく納得しました。だから、教えが心に響くときとそうでないときがある。健康なときに薬を飲んでも効かないのと同じなのですね。ああ、長年のつかえが取れたような清清しい感覚!

    ありがとう、佐々木教授kyuハート

    ブッダの教えに関しては、もうちょっと掘り下げてホームページのコラムのほうでまとめて近々アップしたいと思います。




     
    コメント
    最近見てないけどブッダはシリーズ化してるの?

    しんどい時は仏教の教えにいつも助けられるね。
    体調悪い時に ふと 健康な時には健康だという事を忘れてありがたがらないんだよな、、って思って、やっぱり治ったら辛かった事すら忘れてたよ。そういうのを思い出すために試練があるのかもね。
    • by mari
    • 2015/04/10 9:14 PM
    ★mariさん ブッダの本は沢山あるから、シリーズ化みたいになってるのかも?

    病院は健康なときには思い出さないもんね。ちょっと具合が悪くなると「病院行ったほうがいいのかな〜」ってその時にはじめて思い出す。

    教えも同じだなぁって今回の番組見て思った。幸せで充実してるときってそれほど響かないけれど、落ち込んでるとき、調子が悪いときは教えが響いて「よし、また仕切りなおしだ」って思える。

    忘れた頃にほんと、試練が来るよねー。私も最近また試練っぽいのが来て、色々と考えさせられているよ。
    • by みか
    • 2015/04/11 7:06 AM
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